フィジカルチャレンジ2004報告 

by 846

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「あなたは命がけで人を信じたことがありますか」
 ツアーも最終日を向かえ、参加者全員が、車椅子の参加者の勇気を見、不登校だった少女の笑顔と自立を目の当たりにし、「障害を持っているのは、結局なんでもできると勘違いしている私達かもしれない」と心の底で感じるようになった。
 BOEC(ボルダーにある障害者にアウトドアスポーツ提供のエディュケーションを教える施設)に到着するやいなやツアー一行はそれを実感することになった。オフィースで障害者の体験ビデオを見、障害者のチャレンジやそれに関わるスタッフのハートの温かさに一気に涙は溢れ出しました。
 「あなたは命がけで人を信じたことがありますか」「上辺だけで無く、無意識に、総てを預けて人を信じることこそ大切です」そんな言葉が飛んできました。そう言えばデビットもこのように言っていた。「母を連れてこのツアーに参加したのは初めて、僕が車椅子の生活をしているが、車椅子の僕だって母の面倒が見れることを体験したくてこのツアーに参加したんだ」だと。今までは母が僕の面倒を見てくれていたけど、インデペンデンスした僕にとって、母を大切に面倒見る事を次の目標にしたのだと言う。「自分のことしかできないインデペンデンスでは無く、人間なのだから右手は自分を支え、左手は母に差し伸べる」それが彼の新しいインデペンデンスの目標なのです。
 命がけで人を信じると自分も巻き沿いになってしまうから、そんな恐ろしいことはできない。だから出来る範囲で人を信じるのが普通だと感じていた私達に、デビットの母は車椅子でハンディーを背負う身で、けなげに世話をしてくれる息子を信じ、総てを任していました。
 「命がけで人を信じているからこそ障害者はこのアウトドアスポーツ施設が体験できるのです」「彼らはいつも命がけなのです」。マネージャーのこの言葉に感動しました。私達は障害者をケアしているサポートではなく、時には一体となることの必要性を知り、多くの障害者がこれから国内でインデペンデンスするには、その回りにいる私達は命を預けても良いと信頼を得る人間にならなくては始まらない、まずはそこが最初の一歩と思います。

 大粒の涙を流し、汗と涙が類似していることも知りったからこそ、私はこのツアーで得たことを伝承することが自らに課せられた義務と感じます。1999年、ボルダーにて車椅子で自然散策を楽しむインデペンデンスボードウォークを見、日本国内に普及活動を行ってきました。そして今回新たな目的としてエデュケーションできる施設、それはこれらの活動の拠点づくりであり、障害者にインデペンデンスを促し、協力者を育成する施設の設置だと考えます。近い将来、BOECが一人の寄付から始まったように、私達も小さく出来る範囲からスタートしたいと考えます。

 中学に入って数ヶ月で不登校になった少女は、父の暖かい心に触れました。目標を見つけるにはまだまだ若くこのツアーでも時折心の消化不良となり、車で寝込むこともありました。ツアー最初の頃、父の近くで小さく行動していた少女は、英語を話し、仲間ととけ込み、ツアー全体の動きと同調するまで成長しました。
 私はお父さんの質問に答えました。「自分より助けが必要としている人がいるから手を差し伸べることができたんだね、いつも彼女は手を差し伸べる相手が無かったのでは」と。自分が弱者だと思い込んでしまう背景は複雑だが、回りの人が彼女に手を差し伸べる行為にも起因する。手を差し伸べるには、彼女の手も差し伸べることができる包容力が不可欠です。「命がけ」は大きな誤解を招く言葉かも知れませんが、このツアーを通じて彼女は「命がけ」で一歩を踏み出したのでしょう。
 「やしろさん、来年にマイケルの家に夏一ヶ月ほど遊びに行く約束したんだ」グッバイパーティーで少女は耳元で囁いた。48歳のマイケルも珍しく泣いた、奥さんのメアリーは「最高の感動をいただいた」とマイケルを賞賛。少女の父は「このツアーで私が一番嬉しい」と、娘の笑顔に号泣。
 心が痛くなる、胸にやはり心は存在する、なぜなら胸が痛くてしかたがない。たった8日間のツアーだが、忘れることはできないでしょう。時間の長さは想い出の長さに反比例します。きっとこの短い8日間が数年の長さに思えるほどの体験だったのではないでしょうか。