今年もやってきた田沢湖へのファストラン。田沢湖スキー場を舞台に開催される J シリーズのマウンテンバイクのレースはもうどうでもよくて,会場近くの「旅人木」と言うヒュッテ(というと聞こえはいいが,洋風の民宿みたいなところ)まで自転車で走り,そこで温泉に浸かり,一杯やるというのが,ここ数年のチーム(マイ?)イベントになっている。ここ数年,仲間数人と自走で田沢湖に向かったり,田沢湖から帰米したりしているわけだが,完全に往復したことはまだない。一昨年は三連休でチャンスだったが,生憎大雨洪水警報の出ている中での往路の走りは新庄市内に入ったところで,リム高を越える路肩の水の深さに危険だとの判断で打ち止めになった。もっとも,このときは復路は自走したのだが,..。というわけで,今年は是非とも完全往復を成し遂げたいものと思っていた。問題は天気だが,今回は恵まれたようだ。
起床は3時。3時半頃に前夜買っておいたコンビニおにぎりを喰らう。食事後,準備をしてジャージのポケットには食料を沢山入れて,ザックを背負っていざ出発。まずは,加藤家まで。加藤家には,既に渋谷氏,エンタケが集まっていた。車にザックを預けて,サポートカーの運転手の永島さんを待って,さあ出発。スタートしたのは,加藤さん,渋谷氏,オレ,エンタケ,光の5人。時刻は5時5分前。ルートは長井,白鷹,次年子などを経由して新庄附近に合流しようというもの。出だしはまったり。次第に遅くなく速くなくの 30km/h 巡航に。淡々と走りながら,ところどころのコンビニで休憩。ちょっと頻繁なようにも思うが。:-D 次年子の辺りは結構なアップダウンの連続。蕎麦屋が沢山あって,なかなか面白い。遅れ気味だった光が,スタートから 90km ほどの次年子で車に回収された。

「朝飯くらい食ってこい」の光

次年子手前の登りを行く渋谷&エンタケ。カメラ取り出すのにもたついて遅れました。

加藤さんと光を待つ間にチェーン外れの渋谷氏
次年子からしばらく走って,ようやく新庄へ。ここまで約 120km。ここからようやく R13 の見慣れた道に入る。この先はオレ&エンタケ,加藤さん&渋谷氏の組み合わせで走ることが多くなる。新しくなった主寝坂トンネルは自動車専用。が,無料共用期間でもあり,ほとんどの車はそちらに向い,旧主寝坂トンネルの中はひっそりとしてなかなかの風情。及位の先の雄勝トンネルを越えるといよいよ秋田県だ。このトンネルが所々真っ暗になっていて実に走り辛い。ここまでは 160km ほど。ここからは残り約 100km ほど。「道の駅 おがち」の先でエンタケとアイスを食いながら後続を待っていたが,なかなか来ない。で,電話すると,道の駅のレストランで稲庭うどんを食うという。もう知らん。:-D 加藤さん&渋谷氏のコンビを切り捨て,ここからエンタケと先行することに。
ここから湯沢に入り,これがまた延々と長い。ここら辺りから単調過ぎて飽きてくる。十文字,横手市内を経て,後三年の役の記念館などを横目で見つつ,六郷から県道11号へ。ここも延々と長く,僅かに登り勾配らしく,スピードも上がらない。暑さにもやられて,堪らずコンビニへ避難。今回もやはり水を摂り過ぎて胃液が薄まったらしい。食えるうちに食っておくという作戦も功を奏さなかったようだ。やっぱり,補給は難しい。35℃の気温の中を 200km のレースを走るプロロードの選手は脚も消化機能も人間離れだということがよくわかる。固形物を口にすると吐き気がする。取りあえず,塩分と胃に入りそうな蕎麦などを食す。残り 40~50km だろう。
ここからもずっと先頭。角館の街中を経由して,小さな峠を越えるといよいよ田沢湖町だ。この辺りに来ても,今回はまだ 30~32km/h をキープできた。田沢湖に向かう道に入り,最後の田沢湖スキー場への登りの前にエンタケとコーラをチャージ。いよいよ,最後の 4km ほどの登りに掛かる。昨年は,ここで完全潰れて,最後は時速 5km ほどになった。今年は,ペースもそれほどでもなかったので, 10km/h を下回ることなく登ることが出来た。宿を前にして,秋田名物ババヘラでまったりとする。おばちゃんと立ち話。その後,午後5時に「旅人木」に到着。距離は 263km。所要時間は 12 時間(少々掛かりすぎ)。でも,ほとんど単独走行に近いほどに先頭を走ることが出来ていい練習になったとさ。^^;

無事等到着のオレ&エンタケ
宿の前の駐車場は,駒ヶ岳での遭難者の遺体が発見されたそうで,警察などで大賑わい。温泉に浸かり,ストレッチして,ビールを呑んで,飯食ったら,もう眠くて眠くて,...10時前には就寝。
翌朝は4時過ぎに一旦目を覚まし,それからウツラウツラと5時半頃まで。5時半に起きたものの,さすがに身体はバキバキという感じだ。それにしても,今日も自走で帰るのである。が,しかし,今日は誰もお付き合いしてくれる方がおらず,完璧な放置プレーなのである。「一人は寂しいなぁ,R13 は車も多いしなぁ,腰も痛いしなぁ,気温も高くなりそうだなぁ,..」。後ろ向きの理由はいくらも考えられる。モチベーションはいささか下がっているが,これは修業である。務めを果たさねばならぬ。:-D ということで,6時半頃に食事(もっと食えば良かったな)。いそいそと準備して,宿のおばさんに「じゃ,お世話様でした」と挨拶すると,「え?自転車で帰っちゃうの?」と。はい。いろいろと仕事もあり,加藤さんの帰りを待っていると少々遅くなりそうで。^^; 7時半過ぎに“たった一人で”スタート。どうなることやら。^^?
帰りは,角館までの道をちょっと変えてみた。角館の街中をパスできるかと思ったが,街のど真ん中に出てしまった。追い風にも助けられて,最初の3時間は平均時速ほぼ 30km をキープ。が,最初から出てくる腰痛。最初の 70km ほどでコンビニへ。おにぎりを食べるが,どうもやはり軽い吐き気がしてあまり食は進まない。が,無理に詰め込んで直ぐに出発。正直暗澹たる気分。先行き大いに不安である。が,いざ走り出すと脚はよく廻る。登りも好調。しかも,心拍は 130~140 程度。う〜む,バカになったか。:-D
雄勝トンネルを越えて山形に入った。このままだと早く着きそうだなと思っていると,山形に入るとなぜか向かい風・・・。しかも,R13 は米沢に向かって,頻繁に 1~3% ほどの勾配の登りが現れる。どうりで,男鹿に行くときには快速列車を組めるはずです。しかも,そのダラダラ登りで決まって向かい風。まっちゃんのレポートにもあったように,この出力と苦しさなら 32 km/hr のスピードで巡航しててもいいはずだ。でも,今は 20 km/hr。がぁ〜・・ストレスが〜〜・苛々するぜ。(`Д´) 新庄附近で嫌になってきた。新庄駅の近くを走りながら,コンビニでブルーシートとビニール紐を買って,簡易輪行・・・なんて計画がチラチラと頭をよぎる。^^;
さらに,この辺りから先は,東根,天童,山形と頻繁に信号ストップ。さらにさらに,時折現れる腐れトラック野郎が幅寄せしてきてヒヤッとすることが数度。まあ,やり過ごすコツは身に付けているので危険はそれほどないのだが,ストレスには違いない。(`Д´) さらにさらにさらに,山形の県庁附近のジャンクション部分ではまさにサーカスの綱渡りのような走りを要求され,これまたストレス。#下の道に降りればいいんだが,道を知らない。 自転車レースの集団内での位置取りさながらに,合流点で前後左右の車とのタイミングを計りながら,時速 50km ほどまで加速する必要も有り,心身ともにボロボロ。揚げ句に,交通量の多さに「このバカヤロども,テメエラのせいで走り辛いじゃないか。休みの日に車で出かけるんじゃない」とか筋違いの文句まで口から出る始末。:-D それにしても日本の道路行政の未成熟さを痛感しました。ここで声を大にして言っておこう。国交省の大バカ野郎どもがぁ!!!:-D 正直言って,あまりお勧めできるコースではありません。往路の早朝での通過ならまだしも,復路の午後からの通過では交通量が多くなって,危険が危ない状態。白鷹方面経由がベストチョイスでしょう。が,道よく知らないんだよねぇ。(´д`;)
もう,アホな車イパ〜イの R13 に嫌気が差して上山のバイパスから楢下に逃避。柏木峠の前にコーラを一本チャージ。甘いコーラがメチャクチャ美味い。* ̄∇ ̄* 柏木峠を越えて高畠へ。もう,自分の庭に帰ってきた気分。この辺りからまた一段脚が軽くなった。完走の喜びを落車王どのにもお裾分けと,落車王どののお宅にお邪魔。が,生憎不在。水を貰って帰ってきました。帰る途中で車に乗った俊光とすれ違う。6時15分頃に自宅着。 さすがに疲労困憊です。距離は 263km と全く同じ。コンビニに寄った回数は3回。自販機一回。補給で一番効いたと思ったのは,「リゲイン 300」だった。:-D これからはちょくちょく利用させて頂きましょう。^^; 所要時間は 11 時間弱。二日間よく走ってくれた相棒の汚れと汗を落として奇麗にしてあげた。

いや〜,疲れた。#ふっ,太いな。^^;

よく走った相棒 COLNAGO の汗を流してさっぱり
二日間,合計で 526km 走らせて頂きました。二日間でレーサーパンツを履いていた時間は 23時間。ゲップが出るほど走ることができましたこと,なかなか得難い経験でした。* ̄∇ ̄* 当分(週末辺りまでは)乗らなくてもいいようです。:-D 下のデータはコンビニスタート時押し忘れて 30km ほど短くなっている。
往路のサポートカーの運転の永島旦那さん,お世話様でした。エンタケ(ちっとも引いてくれなかったけど。:-D),お世話様でした。関係各位に感謝です。