少ないパワーを有効に使うために

ー クランク回転角度と膝関節角度との関係,そして廻すペダリングとは?ー

M.Shishido@Team HOSHI 


はじめに

 サイクリストと呼ばれている人間は多種多様であるが,プロロードレーサーであろうが,街中のポタリンガー(という言葉があるのだろうか?)であろうが,日本一周中のサイクリストであろうが,ママチャリ乗ったじーさんばーさんであろうが(しつこい),やっていることは,基本的に,自転車という機材に跨がり,自身の筋力を,(自分+自転車)の運動エネルギーや位置エネルギーに変換することだと言えるだろう。この筋力を運動エネルギーや位置エネルギーに変換する効率のようなものを考えてみようという話である。

 人間離れした圧倒的なパワーがあれば,効率などは端から無視しても構わないだろうが,常人はそうもいかない。それでなくても非力なエンジン。出力は出来るだけ効率良く運動エネルギーと位置エネルギーへと変換したい。長距離ランを指向するならわずかな変換効率の差は最終的に大きな積算値となって善くも悪しくも我が身に降りかかることだろう。

 熱機関なら理論上の変換効率の上限があるわけで,そこに如何に近づけていくかが「技術課題」である。人間出力の自転車を介しての運動エネルギーと位置エネルギーへの変換効率にも理論上の上限があるかどうかは不明だが,「技術」と「工夫」でなんとかそこに近づくことはできるだろう。というわけで,人間エンジンの出力を自転車という機材に伝えるための接点として,「クランク」と「ペダリング」に着目してみよう。

クランク長と踏み込み時のトルクに関する考察

 こんなことを考え始めたきっかけについて述べておこう。2005 年の夏に,恒例となっている「矢島カップ Mt. 鳥海バイシクルクラシック」に参加した。距離 28km, 標高差 1100m を登るヒルクライムレースである。まあ,この体型であるから登りは話にならないのであるが,仲間とワイワイとレースに参加するのが楽しく,また大会自体の雰囲気もとても好ましく,毎年楽しみにしているレースである。今回のレースも,前日に呑み過ぎて(一体なにしに行っているのか?とは女房の弁),息も絶え絶えで登ったのだが,..。レース後数日して,レースの公式 HP で他の参加選手の参戦記を読んでいて,「おお!」と思う内容に出会った。秋田大館在住の「マイヨジョーヌ山内」氏の参戦記である。

 レース結果についてはどうでもいい(失礼!小生よりも遥かにいい成績です)のだが,問題は氏の使用した機材である。といっても,別に特殊な自転車を使ったというわけではない。注目したのは,そのクランク長である。氏は身長 180cm という長身であるにも係わらず,160mm のクランクを使用し(身長から割り出される一般的な選択では,175mm 程度のクランクになろうか),なおかつそれを使い自己記録を大幅に更新した。そして,170mm クランクを使っているときと 160mm クランクを使っているときの感覚について,「ペダルの踏み込み時に,フルスクワットとハーフスクワットのような違いを感じた」と表現している。

 この表現でピンと来たことがある。神社などに行って石段を登る際に,同じスピードで登っていても,階段一段の高さによって太股の筋肉(大腿四頭筋)に掛かる負荷の感じが大分違うということに思い当たった。一番効率のいい一段当りの高さがあるのである。直ぐに氏が何を言いたいのか理解した。要するに,踏み台昇降のテストを身長に関係なく同じ高さでやっているようなものだろう。これらに類似する違いを,短いクランクを使ってのヒルクライム時に感じたのだろう。そして,氏に短いクランクの使用を決意させたのは,大阪のトライアスロンショップ「アトリエ・ドゥ・キャファ」のオーナーの辻本氏の提唱していた「ショートクランク理論」だった。これは,クランク長は身長や股下の長さではなく大腿骨長を基準に決めるべきだとの主張である。

 辻本氏の理論を自分なりに解釈すれば以下のようになる。「日本人の多くは長過ぎるクランクを使っており,それがためにクランクを踏み込む際,ペダル上死点から下向きにペダリングの初動トルクが掛かる重要な個所で,膝関節の角度が小さくなりすぎ(仰向けになって足の裏で重量物を支えることを考えると,高い出力を産み出すための理想的な膝関節の角度があることは自明である。ボート漕ぎの時の膝関節の角度を考えてもらうとよりわかりやすい),それがために一段が高すぎる階段を登らされているかのごとき無理な初動負荷を大腿四頭筋と関節に課す結果となり,長いクランクによる「てこ」の利得のメリットを打ち消すデメリット(ポジションのミスマッチ故の瞬間的な過負荷による乳酸産生など)を与えている」(正しいのでしょうか?)。極端な話としては,長過ぎるクランクは,サドルを極端に低くしたママチャリを漕いでいるかのごとき状態だということだ。

 なるほど,理屈としては実によくわかり,説得力はかなりのものだ。実は,山内氏の書いているような,「快感に近い大腿四頭筋の収縮感」というのは,街中の呑屋から酔っぱらってママチャリをかっとばして帰宅する際にいつも感じていたのである。快感に近い踏み心地とアルコールの相乗作用で,脳内麻薬充満状態だった。が,ママチャリということもあって,ポジションとかギヤ比などのせいだろうと,その「快感」の理由については深く考えていなかったのである。で,今回の山内氏のページを読んで,改めてママチャリのクランク長を測定すると,...165mm ではないか,...う〜む。

 ということで,新しい自転車の愉しみとさらに向上するかも知れない可能性に対して目を開かせて頂いたマイヨジョーヌ(MJ)山内氏にお礼方々メールでご挨拶。氏からは丁寧な返信と追加情報などを頂いた。ありがとうございます。さらに,アトリエ・ドゥ・キャファの HP のメールニュースに登録した。これで,まずは準備万端である。おじさんはなにごとも形と理論から入るのである。:-D

実際のクランク角度と膝関節角度の測定

 さて,まずは大腿骨長を測定せねばならない。測定の仕方は,このページを参照した。この大転子というのが肥満気味の小生の肉体ではわかり難く,女房に手伝ってもらって,ああだこうだと言いながら,なんとか計測した結果は 42 ~43cm だった。山内氏は身長 180cm で大腿骨長が 40cm (若干短めらしいが),身長 168cm の小生が 42cm というのも納得できないので,何度か測ってみたが,やはり 40cm よりは長いようだ。そして,辻本氏の提唱する,大腿骨長に対応した適性クランク長さからは,167~170mm となる。なんだ,今の状態で適性かも。でも,ママチャリの踏み込み感は,..。ここはやはり 160mm と 165mm もなんとか試してみたいものだ。まあ,手元にクランクがないし(コルナゴの場合,デュラエースは 165mm までしかないし,160mm のクランクがあっても取り付けられない,..だろう),取りあえず,現有の 170mm クランクでクランクの回転角度に対する膝関節角度を測定してみた。

 測定は簡単である。自転車に跨がり,各クランク角度での様子をデジカメで撮影し,その後分度器で角度を測定するだけである。基準点がわかりやすいように,ガムテープの切れ端を大転子,大腿骨外側上顆,腓骨外顆に貼り付け(多分正確な位置からは若干のズレがあると思う),これを基準点とした。基準点があまり正確でないために,角度には 2~3°程度のズレがあると思われるが,まあ,一応の参考にはなるだろう。以下の表に測定結果を示した。

クランク回転角度と膝関節角度の関係

クランク角度
45° 90° 180°
膝関節角度 日本人の平均 60~65° 80° 100° 140°
辻本氏の考える適正値1) 70° 90° 110° 140°
ツール出場選手2) 75~90° 90~100° データなし 140°
MJ山内氏 (160mm) 75° 95° 115° 150°
小生 (170mm) 75° 85°3) 116° 147°
1) キャファの辻本氏の考えている適正な膝関節の角度(参照:キャファ通信VOL.2054)
2) トレックジャパンの HP 掲載のツール出場選手の ITT の時の画像から辻本氏が推定(参照:キャファ通信VOL.2054)
3)測定の後で確認したところクランク角度は 40°だった。あと5°変ると 90°近い角度になると思われる

 以下には測定時の画像を示した。MJ山内氏の画像に比べると,大腿骨の下端である大腿骨外側上顆のポイントがずれているようにも思われる。もう少し脚上方かつ膝の裏側よりの位置だとすると,それぞれの角度は何度かずつ大きくなるだろう。とりわけ,クランク角度 90°以降では膝が開き過ぎているような気もする。これは再度測定が必要かも知れない。

 MJ 山内氏からは,サドル高が高過ぎるかも知れないとのご指摘を頂いた。実は,今回の結果を見て,サドルが高すぎるのかも?と思っていたが,どうもあれ以上低くするとペダリング時の違和感が大きくなって仕方がないのである。と言うことは,やはり 5mm 短いクランクというのは試してみる価値があるのかも知れない。取りあえず,サドル高さを 5mm 低くして(1cm 下げてしまうと多分違和感が先に来てダメだろう。5mm が限度かも知れない)もう一度測定してみようと思う。結果はまた後日

degree0.jpg degree40.jpg

クランク角度 0°,膝関節角度 75°

クランク角度 40°,膝関節角度 85°

degree90.jpg dgree180.jpg

クランク角度 90°,膝関節角度 116°

クランク角度 180°,膝関節角度 147°

クランク角度と膝関節角度との関係
(クランク長 170mm,サドル高 710mm(BB 中心からサドル上までの距離))

廻すペダリングに関する考察

 それにしても,こういったことをやってみると,やはり古くから言われている「クランクを廻すペダリング」というのは無理なんじゃないかと思うのである。実は私は「廻すペダリング」というものにずっと疑問を持っていた。そもそも,人間の筋肉と骨格でクランクの全ての回転角度において等しいトルクを掛けることなど,土台不可能なことだ。もっとも,自身のハムストリングスの発達を診れば,それなりに引き脚なるものを使っているようにも思えるが(自身,それを意識して片足ペダリングなどの練習をしたこともあったが),この個所の筋肉はダンシング時などにも動員されるために,筋肉の発達は引き脚故というわけではなかろう。

 例えば,引き脚ということに着目して,ペダル下死点からの出力というものを考えてみれば,まずはレーサーシューズの底に付いた泥を地面に擦りながら掻き落とすような感じで下死点を通過して,さらに,それからハムストリングを動員してお尻に向かってペダルを引き上げる,..。やってみればわかるが,力の入らない姿勢で無理やり出力を要求されているようなストレスを感じるだろう。前傾姿勢の状態で,太股を上げながら膝関節を閉じていくという運動になるわけである。ポジション,人間の骨格と筋肉を考えれば,運動としては不自然であると思われる。

 そもそも引く動作よりも押す動作の方が,パワー,持久性ともに優れているのが人間の特性だ(なぜ,ノコギリは引き切りなんだろうか?)。それなら,無理に引き足など使わない方がトータルパワーの有効利用という点からは有利なのではないのか?引き脚に使う ATP(アデノシン三リン酸)を踏み込みのために温存した方が利口なのではないのか?大体,ストレスを感じながら行なう「引き脚」というものが一体どの程度推進力に寄与しているのだろうか?あるいは,この状態でペダルを下死点から上死点まで引き上げるのにストレスを感じなくなるまで「修業」することが自転車乗りに課せられた宿命なのか,..?とても,そうは思えない。

閑話休題:「修業」の一つを考えてみた。サドルに腰を下ろし,ハンドルバーを持った,自転車での乗車ポジションのままで,足首にウェイトを付けて股上げをしながら膝を閉じる練習をするのである。誰かやってみないだろうか?あっという間にオールアウトになりそうな運動のように思えるが,..。

 では,どの本にも書いてある「廻すペダリング」とはなんなのか?最近,なんとなく感じていたことは,「廻す」のではなく,如何にスムーズに踏み込み,如何にスムーズに脱力するかではないかと。廻しているかのように見えるほどスムーズに踏み込むのである。そのためには踏み込んでいるもう一方の脚は,その踏み込みと脱力を邪魔しないことが,一般に言われる「廻すペダリング」と言うことなんじゃないかと考えている。もちろんここで踏み込む脚と逆の脚でペダルを引き上げても構わないわけだが,シッティングのポジションでは,労多くして益の少ない労働のように思うのである。これは固定ギヤのホイールを使ってローラー練習したときにも感じることである。そして,このスムーズな踏み込みと脱力を可能にするのがポジションと大腿骨長から割り出される適切なクランク長さということになる。

 踏み込みを如何に高出力で行なうのか(力みとかではなく)ということを考えた結果,クランク長がクランク一回転の間に変化するようなクランクを考案したり,昔ブームになった(今は消えてしまった)シマノの楕円チェーンリング(バイオペースといった。私持ってます)などが考案されたのだろう。今年(2005)のツールでジュリックが楕円のチェーンリングを使ったとか。また,復権か?こうした考案がなされること自体が,「全周で均一なトルク」など夢物語であることの証左ではないのか。できれば Polar のパワーユニットを導入して,心拍数とケイデンス,トルクがクランク長でどの程度変化するのかを検討してみたいものだ。#先立つものが,..。

最終的にまとめてみれば,..

 廻すペダリングに関しては,2005 年のサイクルスポーツ 7 月号に関連記事が掲載されている。多くの選手は引き脚は口するものの,それを意識して行なっているようには思えない(無意識下でそれが可能になるほどの修練をした結果かも知れないが)。この中でシマノ・メモリーコープの狩野選手が「3時の(ペダル)位置になったときに最大パワーを発揮(上死点を12時としてチェーンリング側からの)」と言っているが,サドル位置やら人間の大腿骨長などを考えると,最大トルクの掛かるポイントはもっと上方だと思われる。

 恐らく,自転車を進める上で最も重要なトルク伝達区間はクランク角度 0 ~ 90°(12時から3時)の区間であり,この区間で膝関節が最大パワーを発揮できるようにクランク長,サドル高さなどを決定する必要がある。この区間だけなら膝関節を理想的な角度にするためにはクランク長を変えずとも,サドル高さの調整だけでも可能である。しかし,ペダリングにはその先がある。一旦踏み込んだペダルは初期状態(上死点)まで戻ってこなくてはいけないのである。

 クランク角度 90°以降,下死点に至り,そこを過ぎて,スムーズに上死点までペダルを引き戻す(引き脚とは言わない)ためには,下死点で膝関節が開き過ぎないようなポジションが必要になるのである。上死点からの踏み込みのための膝角度の調整をサドル高の調整で行なった場合には,このペダルを引き戻すプロセスが破綻する。曲がり過ぎた膝関節では脚を前方に押し出すためのパワーが発揮できないのと同じように,開き過ぎた膝関節は膝を畳もうとする際のスムーズな膝関節の動きを阻害するだろう。そのためのショートクランクなのである。したがって,ショートクランク理論とは,適性な膝関節角度に関する理論である(既にわかりきったことだけど)。パワーを発揮しつつスムーズな膝関節のレシプロ的な運動を可能にするには,膝関節の最大値と最小値が各人に個別に存在するということらしい。

 いずれにしても,踏み込みにはクランク長が如何に重要か理解できたように思う。考えてみれば至極当たり前のことで何を今更の感もある。今度は Dura の 165mm を使って同じ検討をしてみたい。

 ということで,ここでの検討はこれでお終い。また,新たな結果が出たらアップします。(2005/8/13)