画像は例によって重いです。要ブロードバンド!!
物事が決まってしまうことというのは世の中往々にしてあることである。思いつきで掲示板に書いてみた「1994 のツーリングのリターンズ」が,星輪店で一杯頂いているときの丸山社長の「行くベ!」の一言で実現してしまった。
朝8時20分ごろに星輪店着。同行者の丸山社長と俊光は8時30分少し前に来た。俊光が昨夜遅くまで呑んでいて,起きてこなかったらしい。揚げ句に昨夜の電話で話した今日の約束を全然覚えていないらしい。^^; バタバタと準備して8時40分ごろに3人で出発した。それにしても,レース用のチューブレスタイヤってのは,万が一悪路でバーストした場合にはどうするんだろう?^^? それに予備のチューブは持ってるのか?インフレータさえ持ってないようだぞ。大丈夫なのか?私の携行した装備は,アーレンキー2セット,ドライバー,プライヤ,チェーン切り,針金,ガムテープ,チェーンの予備コマ,ブレーキシューの予備,オイル,タイヤレバー,予備チューブ一本,インフレーター,フロントサス用エアポンプ,ライト,予備の防寒グローブ,ウィンドブレーカ,おにぎり二個(女房作),ミニ羊羹,カロリーメイト一箱,アクエリアス 500ml 一本,デジカメ,である。#やっぱ,これくらい持たないと。^^;
ツーリングは,1994年の秋(というよりも初冬だな)のツーリングのコースに旧大峠の喜多方側からの登りを付け加えたもの。控え目に見ても 120km くらいの距離があるだろう。先週よりも少し早めの出発となった。が,結果的にもう少し早い方が良かったようだ。
少々多いものの天気はまあまあ。3人で121号線を喜多方方面に向かう。電光掲示板の気温は10℃。長袖の裏起毛のジャージに半袖アンダーでちょうどいい感じだ。それでも,口田沢などを過ぎることから汗が噴き出し始めた。サンマリーナへの入り口を右に折れて,早速登りが始まる。呼吸が荒くなり,汗が滴り落ちる。小さな峠(丘?)を越えて下りに入る。しばらく快適な下り。やがて右手に家が見え,少し下ったところに小さな商店があり,そこを左に折れる。ここから最初の林道に入る。勾配はそれほどきつくなく,路も締まって走りやすい。やがて,小さな峠(権平峠)に至る。峠からは飯豊山が真っ正面に見える。ここからは舗装路の下り。下り切ったところで小屋(地名)に出る。
右に折れて小屋川沿いに下り基調の道をほんの少し走ると左手に別荘風の建屋が現れる。そこを左に折れて二本目の林道に入る。勾配は緩やかで締まった道であり,あっという間にピークは越えて下りに入る。下りに入るとこれから走る広河原のコースが蛇行しながら山間に延びているのが見える。#もしかするとこの画像は小屋周辺かも知れない。ちょっとはっきりしない。下り終えて広河原に出た。
左折してしばらく川沿いの舗装路を走る。舗装の小さなアップダウンを経ると,広河原の西沢と東沢の合流点に着く。ここにある家(?)が最後の建物である。ここには,以前にはなかった釣り堀が出来て,結構な数の釣り人で賑わっていた。丸山社長によれば昨年辺りにできたとのこと。以前に一度,この辺りを釣ったことがあったが,小さなイワナしか釣れなかった記憶がある。ここからいよいよ,1994年に雪中行軍となった,西沢に沿った滝沢林道に入る。この林道は現在は落石やら土砂崩れで車の通行は不可能である。時刻は10時40分。スタートから2時間が経過していた。
数日前の雨のために至るところに水溜まりができている林道を進む。途中で間欠泉への分岐を通過。何度か橋を渡り,西沢を右や左に見ながら次第に高度を稼ぐ。道は所々荒れており,山側から流れ出た沢が道の上を洗うように流れている個所が何ヶ所かある。多分キノコ採りだろう。車が何台か道幅の広くなった場所に駐車していた。渓流釣りをやる人間ならば涎がたれそうな渓相の沢を眺めながら黙々と走る。
奥に進むに従って,落石が路を塞ぎ,自転車を降りなければならない個所が現れ出してきた。が,渓相はますます良くなる。なんどか立ち止まり淀みを覗き込んだがイワナの魚影は確認できなかった。9年前には数ヶ所で淀みで泳ぐイワナを確認できたのだったが,.。落石が路を塞いでいた個所は都合5ヶ所ほどもあっただろうか。最後の橋を越えてからは,林道は沢筋から離れ,山を巻くように登っていく。この辺りからは勾配もかなり緩くなり,道もしっかりしており,時折車とすれ違った。
9年前のような落石にも遭わずに,林道終点の谷地平に着いたのは12時10分だった。この林道を抜けるだけで1時間半掛かったことになる。予想以上に時間を食った。この場所は喜多方側からの五枚沢林道,中津川からの赤崩林道(だと思うんだが),そして滝沢林道の合流点の三叉路である。ここから道なりに左の五枚沢林道に進む。左手に沼のような水溜まりがある。あるかないかの勾配の道を走る。小さな切り通しを抜けると,その先にいきなり景色が拓ける。ここが谷地峠である。標高はおよそ1000m程だろうか。眼下に連なる尾根と尾根の間に遠く霞んだ喜多方の街並みが見える。ここを通るのは先々週に引き続き今年二度目だ。
五枚沢林道の長い下りをぶっ飛ばし,そろそろ腕が痺れてきたころに山都町にでる。林道終点の舗装路に入ってからしばらく下ると右手にダム(だと思うが)が見える。その辺りの紅葉はまだまだ素晴らしい。この辺りで丸山社長がハンガーノック気味だと言い始めた。#やばいなぁ。^^; それから県道335号の舗装路を快適に飛ばして喜多方に入り,そこのコンビニで大休止(といっても30分だけ)。時刻は1時をほんの少し回った辺り。#後で地図を見るとちょっと遠回りしていたようだ。^^;
昼食のメニューはカップ麺とおにぎり。おにぎりを一個食べて,カップ麺の残りの汁にもう一個を入れてオジヤに。^^; 塩分も補給できるので,最近はこれが定番。昨日の兜山での山頂でのお昼のメニューもこれだった。^^;
昼食後休憩もそこそこに出発。なにしろ先はまだ長い。新しい121号線に出て左折し,新旧の121号線の合流点の交差点に着いたのは1時40分だった。まだ残り 50km 以上ある。この地点の標高は 240m ほど。したがって,ここから旧大峠のトンネル(標高1157m)までは標高差は 900m 強である。もっともオール舗装路だが。最初は集落の中の僅かに登り基調の道を走る。この辺りには,なんとかいう蔵だとか,レンガ造りの建物だとか,いろいろと見るべきものもあるようなのだが,さすがに時間的な余裕がない。道の両脇の一般家屋の造りも,米沢の町外れなどの集落に見られる造りとはその雰囲気はどこか違っているようだ。喜多方の歴史を紐解けばいろいろと面白いことがわかるのだろう。機会があれば調べてみたい。そうこうして走り続けるうちに,次第に道が細くなり,家がまばらになり,左手にダムが見える辺りからいよいよ九十九折りの登り路が始まる。
この辺りで,気が付けば丸山社長が付いてきていないという状況が頻発するようになった。大分辛そうだ。ここでの標識には「米沢 48km」の文字が,.。時刻は既に2時半近い。大丈夫かなという不安がちらりと頭をかすめる。もう既に 100km くらいは走っているようにも思う。何しろ,休憩らしいものはコンビニでの30分弱だけ。朝の8時40分からずっと走り続けているのである。6時間弱で平均時速15キロとしても,90km 程度走っているのは間違いない。とすると,今日の総距離は150km 近いのか,..。@o@// 通行止めの標識を横目で見ながらいよいよ長い登りに入った。#地図によれば,新旧121号線の交差点から大峠までは 21.3km で大したことはないはずだが,.。
ここからは平均斜度が4%前後(そんなにないかも)の斜面の九十九折りが延々と続く。この道は,天正13年(1585)に伊達正宗が拓いたという,米沢から喜多方に抜ける峠道である。別名八谷街道。勾配自体はきついことはないものの,そのあまりの単調さにいい加減に嫌気が差してくる。九十九折りの下の方の紅葉はまだまだ楽しめる。勾配が緩いのは古い道だからだろうか?馬や人による峠越えに合わせて勾配は緩くしてあるのかも知れない。この道を昔はボンネットバスが走っていたらしい。ちょっと信じられないが,..。
途中で,先週のダウンヒルでは見落としていた,綺麗な滝を発見。ちょっと立ち止まり観賞。午後3時過ぎ。まだ,先週,トンネルからの下り始めに通り過ぎたブナの原生林にはとどいていない。上から降りてきた数台の車とすれ違うが,こんな夕方近い時刻に廃道になっているような峠に登っていく自転車をどう思っているんだろうか?丸山社長が遅れがちになる。ペースを合わせて登るが,時間も気になる。暗くなってからのダウンヒルは出来れば避けたい。なにしろ,装備らしい装備を持っているのは私だけである。
目前の山の頂が間近に見えてきているので峠は近いはずである。道脇の細い沢も,先週,トンネルから降り始めた時点で見た記憶がある。この辺りのブナの林はすっかり葉を落として既に雪を待つばかりになっている。雲が多くなり陽が陰っている時間が長くなり,葉を落としたブナの木立が寒々とした印象を与える。気温も大分下り,寒さを感じるようになってきた。
不安が募った頃に突然目の前に峠のトンネルが現れた。時刻は3時50分。丸山社長もちょっと遅れて到着。ここの標識には「米沢 33km」。そうするとあの九十九折りの登りは距離にして 15km あったのか。トンネルを抜けると目前に夕日に照らされた山並が見え,その間に遠く米沢の街並みが見渡せた。ようやく先が見えてきた。
ぐずぐずしている時間はない。ここからは路も荒れているので急いで降ろう。と思ったら,ちょっとしたミスコース。^^; 道が消えて,あら?と思ったら,足元に本来の道が,落石防護のフェンスと共に見えている。あらら,と一旦戻り,正しいルートに復帰。これが峠近くにある,鉱山の遺構。
先週と同じように,何度か自転車を降りて,倒れた落石止めのフェンスを越えたり,倒木を越えたりしながら進む。が,この一週間である程度倒木が片づけられたようで,先週もっともてこずった倒木は既に消えており,さらに何ヶ所かの倒木は片づけられていた。作業員のためのブルーシートの簡易テントの休憩所も消えていた。お陰で,通行止めの橋のところまでたった20分程で降って来られた。
ここまで来ればもう一安心だ。ここまでの下りで指先が冷えて仕方がなかったので,ここで防寒グローブに交換。ここからは降りを飛ばして,121号線の新しい道路に合流したのは4時半だった。なんとか,暗闇の中でのダウンヒルは避けられたようだ。
ここからは俊光とまるでロード練習。丸山社長はおいてけぼりに。^^; 下りも平地もアウタートップを踏み倒してゼーゼーいいながら走る。鬼面川の橋まで30分。今日のツーリングではこの区間がいちばん辛かった。:-D 帰宅したのは5時10分だった。ワンデーツーリングにしてはなかなかのハードコースでした。お疲れさま〜〜〜・・・^^;
考えてみれば10月に入ってから,毎週マウンテンバイクに乗っている。秋の陣の3時間耐久,クラブの秋のツーリング,ツーリングリターンズ,1994ツーリングリターンズと,走行距離は大体 450km 程になるだろうか。不思議なもので,身体が大分変わってきた。それほど運動強度が高くなければ,4〜5時間なら水だけの補給で全く問題ないようである。今回のツーリングも走った時間と距離にしては,大した疲労感はなかった。こういう身体の変化が非常に面白い。基本的には,常用スピードを向上させ,その持続時間を延ばすことで,これまで想像と机上の計画だけでしかなかったハードツーリングが実現可能になる。恐らく,確実に,そこにあるはずなのに,身体条件が揃わないばかりに,指を銜えて見ていなければならなかった,未体験の新しい「楽しさ」。それに手が届くようになるのである。歳とともに多忙になってきて,時間のやりくりも大変になってきているが,今年の冬もきちんとトレーニングをして,来年はもう一段踏み込んだ「楽しさ」を体験したいと思っています。お付き合いの程よろしく願います。m(..)m #誰に頼んでるんだ?そんなこと言っても,今年はまだまだ終わらんぞ。:-D