以前に書いたものを Web に載せてみました。お目汚しですが。
1994年11月22日の午後5時過ぎ,雑多な仕事をこなしながら帰宅までのひとときを過ごしていると,手塚が訪ねてきた。用件はというと,加藤さんが明日ツーリングに行こうと言っていたとのこと。外はかなり雨が降っている。どうも明日も晴れそうもないような気がする。「あまり,気が進まないなぁ〜」と言うと,「僕もですよ。明日も雨みたいですよ」と手塚。「よし,聞かなかったことにして,今日は加藤さんの所に顔出したり電話したりするのは止めておこう」。手塚が帰ったあと,電話で天気予報を聞く。明日は午前中は50%,午後は10%の降水確率,山間部ではときどき雪が降るでしょうとのこと。おいおい,もしツーリングになれば,その山間部を走るんだよ。勘弁してくれよぉ〜・・・。
雨が降って自転車では帰れそうもないので,研究室の片隅に自転車をデポして,女房殿に車で迎えに来てもらった。帰って子どもを風呂に入れながら外の様子を窺う。雨がまた激しくなってきたようだ。
明けて11月23日,勤労感謝の日。ふと目が覚めると戸外が明るい。陽が射しているようだ。時計を見ると午前9時少し前。外を見ると陽は射しているものの路面は濡れておりついさっきまで雨が降っていた様子。ちょっと考えてから,手塚の所に電話してみる。ゲッ,話し中。きっと加藤さんが手塚の所に電話しているに違いない。電話が繋がって手塚に尋ねてみると,案の定さっきの電話は加藤さんからだったとのこと。みんなが行かないなら一人でも行くとか言っていたそうだ。そうしているうちにキャッチホンの音。来たぁ〜!「もしもし,ししどです」「加藤で〜す。晴れてきましたね。ツーリング行きません?最近飲んでばかりで調子悪いから,身体動かして汗かきたいんだよねぇ〜」「今日,天気悪いんじゃないですか?(元気なおじさんだなぁ〜)」「午後から10%だよ,10%!!(何を情けないこと言っとるんだぁ〜という口調)」「しょうがないですねぇ〜。じゃ,お付き合いさせていただきます。コースはどうすんですか?」「この間言ったコースを途中でカットして戻るコースにしよう」「この間のコースというと喜多方に抜けるという100km程あるとか言う奴ですか?」「そうそう,あれを喜多方じゃなくて中津川に降りてくれば大分短くなるじゃない」(後から判るが短くなるなどとんでもない話)「ああ,そうなんですか」「じゃ,10時集合ねぇ〜」。女房殿がとなりで「やっぱり行くのね」と宣う。「あまり気が進まないけど付き合いもあるからねぇ〜」「それにしちゃ,顔がゆるんでるわよ」「判る?」「...(`ε´)」。
そそくさと朝飯をかっこみ,いそいそと準備を始める。山間はかなり寒いだろうから,ウェア類は多めに持つようにする。雨具とウィンドブレーカー上下,予備のソックスと手袋,靴の水避け用のナイロン袋などを持つ。上半身は長袖ジャージの下にロビロンのアンダーを身に付ける。下はレーパンの上に冬用の厚手のタイツを着用する。あとでそれでも足りない事態になるとはこのときには夢にも思わなかった。自転車を物置から出すために外に出る。さっきまで陽が射していたのにまた雨がぱらついてきた。マウンテンバイクを引きずり出す。これに乗るのもほぼ1カ月ぶりである。10月末のレースから掃除もしていないのでまだ泥だらけのままだ。チェーンにちょっと油を注して出かける。雨は相変わらずぱらついている。でも,空を見ると雲が切れ掛かっているようなので,これ以上降ることはないだろう。約束より15分ほど遅れて星輪店に到着した。すでに他の同行者は集まっていた。メンバーは岡崎,福田,加藤さん,手塚,それに私の5名。さあ,出発だというときに加藤さんのバイクの後輪のパンクが判明。加藤さんはぶつぶつ言いながらチューブを交換する。さあ,本当に出発だ。結局午前10時半過ぎになった。近くのコンビニエンスストアで食料を調達する。手塚がストーブを持ってきたというのでカップラーメンを買う。私が買った食料はおにぎり3個とカップラーメン1個。後から考えるとこれでは全然足りなかった。背負ったザックにはウェア,食料に加えてライトや1.5リットルほど水の入ったキャメルバックが入っており,肩から背中にかけてかなりの重圧を感じる。
コースの概略は,国道121号線を喜多方方面に向かい玉庭から広河原にでて,そこから葡萄沢を経て白川ダム上流の中津川に至るというものだ。林道を4本ほど繋ぐコースである。舗装部分もかなりある。誰も地図など調べたものはなく,コースのプロフィールなど全く不明である。このことは後々の後悔の種となった。
昨夜は山は雪だったようで,121号線を喜多方の方向に向かって行くときに正面に見える山々はすっかり白くなっていた。ああ,また白い冬が来るんだなと妙な感慨にとらわれる。加藤さんにこれからのコースを訊くと,あの白くなっている山の辺りを走るらしい。雪がないといいけど,.。
121号線から玉庭方面に右折するとサンマリーナへの最初の登りが始まる。最近1カ月というものトレーニングはしてないし,酒を飲む機会は増えるし,結構重いザックを背負っているしでなかなか辛い。まあ,ツーリングだと言うことでのんびりと走る。手塚と岡崎はさっさと登っていってしまう。全く,最近の若い衆は風景を楽しむことを知らんのぉ〜・・・・。:-D
サンマリーナから下って行って小さな商店があるところを左折する。結構急なオフロードの登りが始まった。これまた辛い。若い衆はさっさと行ってしまう。私と加藤さんのおじさんコンビはのんびりと(というよりもそれ以上のスピードが出ない)登っていく。岩魚保護区という看板が立っているだけに,この辺りの山には広葉樹が多い。広葉樹の森は植林された杉林と違ってその色合いに季節の変化が感じられるのがいい。紅や茶色になった木々の葉は既に大分落ちている。枯れたすすきの穂に晩秋から初冬の風情が感じられる。峠までは所々急勾配の箇所がある。イーブンペースで登る。雲が切れて青空が覗き始める。気温も上がってきて汗が滴り落ちる。加藤さんによれば以前に来たときは砂利を敷いたばかりで,浮き石だらけでもっと辛い登りだったそうだ。頂上には茸採りとおぼしき数台の車が駐車していた。今の時季だとナメコらしい。遠くに見える雪の被った山々をバックに記念撮影。下りは舗装路だ。のんびり下って次の峠に向かう。
こんな具合で標高の低い峠を2つほど越えて広河原に出る。ここからいよいよ最高地点を通る最長の林道,葡萄沢の林道へと入っていく。幅の狭い舗装路をしばらく走ると,綺麗な渓流沿いの林道へと繋がる。この林道を晩秋(初冬)の風情を味わいながらのんびりと走る。夏には虻が多くてとても走れない道らしい。今は道端の草は枯れて木々の葉も落ちており,渓と林道を遮るものはなく,最高の渓相を見ながら走ることができる。今度来るときには渓流竿をザックに入れて来ようなんてことを考えながら,..。雲が切れて陽も射してきて気持ちがいい。例によって若い衆はあっと言う間に見えなくなった。おじさんコンビはのんびり走りながら,周りの木々の色合いや淀みに泳ぐ岩魚を楽しむ。道端にはごく僅かの雪も残っている。昨夜の雨はこの辺りでは雪だったようだ。前方に聳える山の斜面は大部分が白くなっている。ただ,厳冬期の白一色とは違って枯れ木の色と雪の色が渾然一体となったダークグレーといったところか。「この辺は降ったんだなぁ」「そうですねぇ」「いやぁ,気持ちのいいツーリングだなぁ〜」などとのどかな会話。しかし,こんなのどかなツーリングもこの辺りまでだった。標高が上がるとともに次第に曇ってきた。最初は,道端にごくごく控えめに申し訳なさそうに残っていた痕跡程度の雪は標高が上がるにつれて次第にその量を増してきた。道端に僅かに残っている雪は,冬という季節を連想させてくれるだけの存在である。しかしそれが多くなれば,そんな悠長なことも言っていられない。寒く冷たい現実の冬の空間を創り出してしまう。私はといえば,この辺りでも「おぉ,大分降ったんだねぇ〜,晩秋から冬の景色まですべて楽しめるなぁ〜。雪見で一杯だぁ〜!」などとまだまだ気楽なものだった。
そうこうしているうちに道は完全に雪に覆われた状態になった。積雪はざっと十センチもあろうか。陽が射さないため気温は下がって吐く息は白くなる。さっきまでの汗が急激に引いていくとともに寒さを感じる。先行していた手塚,福田,岡崎と合流する。雪の中での記念撮影。この辺りになってとうとう私も含めてメンバーの中から,「大丈夫ですかねぇ〜」と不安げな発言が出始める。加藤さんに「あとどのくらいで峠を越えるんですか?」と訊くと,「行ったことがないからよく判らないなぁ〜,でももうそんなにないはずだよ」というとんでもなく心細い返事。さっきまで目の前に見えていた雪の被ったダークグレーの山の中を今走っていることを改めて認識する。小休止の後走り出す。もうそれほど距離も残っていないだろうということでみんな黙々とペダルを踏む。それにしても寒い。気温は何度くらいだろうか?
途中で四駆の車とすれ違う(都合三台の車とすれ違った)。こんな雪の山の中で自転車とすれ違うとドライバーも驚くだろうななどと考えながらペダルを踏み続ける。雪の上は思った以上に走行抵抗が大きいためにさっきすれ違った車の轍を踏んでいく。そのうち自転車の車輪の下から,水溜まりに張った氷を割るような音がし始める。どうやら凍っているらしい。ということは気温は氷点下か?無事に帰れるんだろうなという,最初頭に浮かんだちっぽけな不安は加速度的にその大きさを増していく。ソロツーリングでないだけまだましだ。一緒に走る誰かがいれば,こうした不安も紛らすことができる。もう大分前から足先が冷えて感覚がなくなっている。そうこうするうちに突然,体に脱力感を覚える。まずいっ!ハンガーノックか?!走り始めて既に3時間が経過していた。その間に摂ったものといえば,水以外には加藤さんに貰った小さな干し芋一切れだけである。それに気温はかなり低い。こんな場所と状況でのハンガーノックは夕暮れの中の峠越えという最悪の事態を引き起こしかねない。先ほどからの不安は最高潮に達した。写真を撮るために停車したときに,急いで手持ちのおにぎりを一個食べる。加藤さんから黒飴を貰ってなめながらまた登り始める。脱力感はなかなか回復しないもののひどくはならなかったのが救いだった。

そのときいきなりカラカラと音がしたかと思ったらガラガラと三十センチ程の石が我々の後方に落下してきた。@o@// あんな石に直撃されたらひとたまりもない。今までの漠然とした不安が突然遭難という具体的な言葉になって,それが現実感を帯びて迫ってくる。このころから雪もちらついてきてまさに地獄のツーリングの様相を呈してくる。そこからしばらくアップダウンのある雪道を走る。勾配は大分緩やかになってきた。峠も近いようだ。ふと見ると先方が分岐点になっており,そこで先行していた加藤さんたちが停まっている。左に行けば喜多方に抜けるらしい。右に行けば中津川に降りれるとのこと。この分岐点に到着したのは午後2時半過ぎ。後は少し登って下りということで,ここで食事をしてしまうことにする。全員,雨具からウィンドブレーカーまでありったけの衣類を身につける。それでも,寒くて仕方がない。岡崎と福田はウェアをあまり持ってきてないらしく手塚が雨具を貸していた。雪のちらつく中で震えながら残りのおにぎりを食べる。腹は減っているはずなのだが寒くてあまりうまいとも感じない。もう義務感で食料を胃に収める。手塚がお湯を沸かし始める。温かいカップラーメンほうは実にうまかった。何人かで回し食いをする。相変わらず足先の感覚はなく既に痛みすら覚えている。寒くてしょうがない。雪もさっきよりは多く落ちてきている。さっさと食事をすまして走り始めることにする。
その後は,少し登っていよいよ下り。雪の降る中の雪道のダウンヒル。顔が寒さで強張る。手足の感覚は全くなくなりブレーキングもままならなくなる。例によって若い衆はあっという間に見えなくなる。雪道のダウンヒルを始めて10分程度すぎたところでトンネルの工事現場に出た。ここは100メートルほどの区間が,融けた雪とダンプの轍のせいでまさに泥田の状態になっており全員そろそろと最徐行で降りる。しばらく行くと舗装道路に出た。そこからは舗装の,寒いけれど快適なダウンヒル。さっき食べたばかりなのにもう腹が減ってくる。時速5~60キロ程度のスピードで下るために,足先は冷えて,痛みはますますひどくなってくる。走るにつれ,標高が下がるにつれて顔に当たる風が次第に暖かくなってくるのが感じられる。雪も止んで青空が見える。ここに至って一同先行きの不安から解放されたようで,走りながらの雑談にも笑いが交じるようになる。2~30分ほど走ったろうか。中津川に入り小休止を取る。自動販売機でホットコーヒーを買う。たまらずにソックスを脱ぎ足先に熱い缶を当てて暖める。足先に次第に感覚が蘇ってくるとともにかなりの痛みを覚える。ソックスが汗で濡れていたのが冷えた原因だ。凍傷というのはこのもう少しひどい状態をいうのかななどとぼんやりと考える。予備のソックスを履いてやっと人心地が着いた。この時点で午後4時。できれば明るいうちに帰りたいと思っていたのだが無理なようだ。それでもできるだけ早く帰り着こうということで白川ダム辺りからはまさにロード練習のような走り。やっと星輪店に着いたのは午後5時半で既に真っ暗だった。結局,全走行距離はこの時期にしては長い約100キロになった。中津川に降りたから距離は短くなるという訳でもなかったようだ。しかも,雪中走行距離は十数キロにも及んだろうか。
今回のツーリングは事故が無くて何よりだった。結局,なんだかんだ言いながら参加者はそれなりに楽しんだようである。ただ,この時季の林道ツーリングでは食料,衣類をもっと余分に持たないといけなかったようだ。以前にMTBツーリングで疲労凍死した記事を読んだことがあった。そのときはどうして遭難なんかするんだろうといった感想しか抱かなかった。しかし今回,かなり厳しい状況下でのツーリングを体験してみて認識を改めた。あの状況で万一アクシデントでもあったらと考えると(特にあの落石!),悲劇と笑い話の差はほんの少しだけだという,巷間でよく言われることももっともだと感じた次第である。装備は十分すぎるほど用意するに越したことはない。ストーブもあと2個ほどあればもう少し楽しく,美味い食事も摂れただろうと思う。後になって地図を調べたところ最高地点では標高は千メートル以上あった。
帰ってから加藤さんのうちでシャワーを借りた後,みんなでつついた湯ドーフとビールは実にうまかった。無事に帰れてよかったぁ〜!!\^o^/